「ゼロス、ロイドといたの?」

まだ薄暗い辺りを、陽の光が照らし始めた早朝。
宿に向かって歩いていると、宿前に金髪の少女が青白い顔をして突っ立っていた。
何事かと怪訝そうな表情を浮かべると、少女は唇を綺麗な弧に描いてまた同じ言葉を発した。

 「ロイドといたの?」

コレットの様子がおかしい。
口元には絶えず笑みを浮かべているのに、その双眸は狂気じみた色を灯して大きく見開かれている。
居た堪れない想いで頭を掻くと、殺伐とした空気をごまかすようにいつもよりも明るい声で
口を開いた。
 「どしたよ、コレットちゃん…ハニーまだ戻ってねぇの?…っかし〜な…、さっきまで
朝稽古つきあってたんだけどコレットちゃん心配しちゃいけないから先に戻るって
俺さまよか先に帰ってったんだけどな…」
コレットが刺すような視線で、ゼロスを見つめる。
ゼロスが嘘を吐いていないと分かると、僅かの沈黙の後コレットがクスクスと声を上げ笑い出した。
 「ねえ、ゼロス。ゼロスの羽根って綺麗だね。」
 「っ…」
歌うように発した少女の言葉にゼロスは顔を強張らせた。
―何故、知っている。
そう問いただしたいのに、言葉が出てこない。
口の内壁がまるで砂漠のように渇ききっていて、張り付いて動かないようだ。
 「Scale……鱗粉って知ってる?…蝶の羽に見られる粉のようなものは鱗紛って呼ばれる細かい毛が
進化したものなの。」
 「鱗紛位知ってる、…何がいいたい。」
コレットは、「そう。」と呟くと日ごろ見せたことのないような声色で馬鹿にしたように
クスクスと笑った。
 「一部の蛾の仲間では、この鱗粉に毒を持たせている種類もいるの。一見害のない毒なのだけれど
それはね、ゆっくりとゆっくりと蝕んでいくの。まるで、あなたみたいに。蝶になって紛れ込んだつもりでも
それは紛れもなく蛾なんだよ。汚い芋虫のような胴体、でかくて醜い羽根。光に依存して、それに纏わりつく。」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
この少女の顔をした化け物は、全てを知っている。
 「ロイドは私だけのものなの。ゼロスは、私を引き立てる道具でしかないんだから。勝手に裏切って
勝手に死ねばいい。」
ゼロスはテセアラの神子として育ち、こんなに歪んでしまったのに
何故、シルヴァラントの神子はこうまで純粋に育ったのかといつも不思議でならなかった。
だが、歪んでいなかったのではない。
その歪なまでの在り方を、ずっと心の奥底にひた隠しにしていただけだったのだ。
 「っは、今までのは全部お芝居だったってか?いやいや、流石の俺さまも騙されたぜ…。
まぁ、お前が勘違いしてるようだから一言いっとくけど、アイツがお前を選ぼうが誰を選ぼうが俺には
関係ない。俺は、既に決まったシナリオに沿って動いているだけなんだからな」

少女を感情の灯さない双眸で見下ろして、「どけ。」と軽く突き飛ばし中へと続く扉を開く。

 「…俺が蛾なら、お前も蛾だろ。」
―光に依存して、それに纏わりつく。

後方で「ロイド!」とうれしそうな声をあげ、駆けて行く音が聞こえたがゼロスは振り返らず
それ以上見聞きしないように後ろ手で扉を閉め、急ぎ足で寝室へと足をすすめた。




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