さぁて

そろそろ本気を見せようか?








『狐迷走』











あの子の声が好き

あの子の顔が好き

あの子を取り巻く空気がすき



あの子が欲しい






アスマは酷く後悔していた




事の発端は任務報告終了の帰り道

偶然ばったり会ったカカシに久しぶりに誘われ、『人生色々』にやってきたはいいが…



口を開けば、出るわ出るわノロケ話

今日はナルトがどうしたとか、ナルトの笑顔は天下一品だとか、ナルトが、ナルトが、ナルトが………



頭の中にはナルトしかいないであろう、ナルトバカ

昔のカカシを知っているだけに、この変わりようにはついていけないアスマ





昔のカカシは……

その美貌を武器に、来るもの拒まず、去るもの追わず

とっかえひっかえ女を変え、遂についた名前が『歩く性欲処理機』


本人も裏ではその名前で通っていたこと知っていたはずなのに、全く素知らぬ顔


カカシは本気で人を愛せない人間だと誰もが思った

それは、カカシ本人すら考えていたことかもしれない



しかし




まるで天変地異の前触れか?と思うほどにカカシは豹変した

今まで関係のあった女とは綺麗さっぱり縁を切り

毎日毎日ナルトを追っかけまわす日々

遂についた名前は『万年色ボケ上忍』


それでも前のカカシよりはいくらかマシだと、手放しに喜べないのは度が行き過ぎているからで…



『人生色々』に入ってもうすぐ1時間経つが、ここまでに交わされた話は、ナルトのみ




アスマはカカシの誘いを受けたことを酷く後悔していた






結局アスマが地獄のような色ボケ話から解放されたのは、それから2時間もあとのこと


「うずまき…お前とんでもない奴に惚れられちまったなぁ」

思いっきり同情を含んだアスマの呟きは、暗い静寂の中に溶けた
















「ナ〜ルトっ。まだ起きてる?」

ほろ酔い気分でいい気分なカカシは、ナルトの家の前まで来ていた


時刻といえば午前1時を回った所 
普通寝てるだろう、という世間様の突っ込みを無視して、堂々の不法侵入




そのまま寝室に直行し、ベッドにダイブしてみれば、もぬけの殻

そこでカカシ、ナルトがいないことに気付いた

時計を見れば、午前1時少し過ぎを指している

子供が出歩くには不審過ぎる時間


カカシの酔いは一気に醒め、正常な感覚が戻る


「!!ナルトっ!?何処行ったんだっ!!」

ベッドを触れば、ほのかに感じる温もり



カカシは弾き出されるように外に飛び出した







真っ先に浮かんだ先、それは元担任兼保護者であるイルカ邸

時間も考え、直接イルカには会わず、外から気配だけを探る

しかしそこにナルトの気配は感じられない




「おいおい、何処行っちまったんだよ……」


任務のとき、特にナルトに変化は見られなかった



いつもと同じようにドジを踏み

いつもと同じように笑い

いつもと同じように帰っていった



とにかくカカシは思いつくままに走り回った

サスケ宅、サクラ宅、火影邸、そして、自分の家


しかし何処へ行ってもナルトの気配とぶつかる事がない



カカシは念のためと思い、もう一度ナルトの家に戻ろうとした、その時



「あれ〜、カカシせんせー。こんばんわ」

背後から聞こえた愛しい声

振り返り見てみれば、月明かりを一身に浴び、綺麗に輝く金色の髪

「っっっナルト!?」


まるで何事もなかったかのようにそこにナルトは立っていた


「お前……今まで何処行ってたんだ!?随分探したんだぞっ!!」

心の底から湧き出る安堵感を隠し、声を荒げる


ナルトは何も言わず、ただ薄い微笑を湛えている

そんなナルトの異変に気付き、カカシはナルトの腕を掴んだ



ヌルッ





不自然な感触に自分の手を見れば紅く染まっている

よくよく見てみれば、ナルトの右手には血塗られたクナイが握られていた










カカシの家に連れ帰った後も、ナルトは狂ったようにただ微笑んでいた

腕に残った傷は決して浅くなく、血が止めどなく流れ続けている



そう


九尾の回復力が間に合わないほどの傷




一体誰がこんな傷を付けたのか

答えは分かりきっている






火影から聞いてはいた





ナルトはこの時期に差し掛かると、決まって情緒不安定になる



まるで夢遊病患者のように彷徨い歩き、自分を傷つけ、微笑み続ける


痛みなど全く感じていないような顔で






去年この状態のナルトを発見したのは、あの中忍だった



ナルトに理由を聞いてみても、当の本人は自分がそんな半狂乱なことをしているとは信じない

無意識下で行われていること




数日前、ナルトのごく親しい人間だけが火影に呼ばれた

「またこの時期がやってきた。今年もそうなるとは限らない
 
 だが、そうならないという保証もないのじゃ。
 
 ナルトに異変が見られたらすぐに知らせるように」



ナルト自身がこの行動を把握していないのだから、対処法が見つからない






「カカシせんせー」

ナルトの一言で我に返ったカカシ

ナルトの瞳は未だ虚ろなままだったが、声からはしっかりとした正気が感じられる

「ん?どうした、ナルト?」

出来るだけナルトを刺激しないよう、優しい声色を心がけるカカシ

「オレ……………・」

「なんだ?……黙っていちゃ分からないよ?」

それっきり黙ってしまったナルトにやんわりと問いかける




ナルトはまた先ほどの空虚な笑みを見せた後、ポツリと呟いた





「オレは汚いね……」



その言葉が何を意味しているのか、カカシには分らない

ただあまりにも儚いその声に、漠然とした不安を感じた



「何言ってんだ?お前は汚くなんかないよ」

気休めにしかならないと分っていたが、ナルトに安心感を与えたい


カカシは穏やかにナルトの言葉を否定した 



ナルトは静かに首を振った 
「オレって、汚いんだよ

 こうすることでしか自分の存在価値見出せないんだって

 死んでしまえって言葉ばかり聞いてきたからかなぁ?

 たまに自分が生きてるのか、死んでるのか分らなくなるんだ

 でも自分で自分を傷つけて、血が流れると安心するんだ

 オレはまだ生きてるって

 汚いんだ、俺

 誰にも必要とされていないこと分かってるのに

 まだ生きたいって思ってるんだ

 せんせーが思ってるほど、俺綺麗じゃないんだ」






愕然とした 

一体自分はナルトの何を見てきたのだろう?




ナルトはこんなにも苦しんでいたのに




情緒不安定だとか、無意識下だとか

適当な言葉で包んで、ナルトをまっすぐ見てやらなかった

火影もあの中忍も


自分さえも



よく考えてみれば、あれだけ他人にナルトが好きだと豪語していたが

一度でもナルトにそれを伝えてだろうか

あまりにも基本的なことを忘れる位、自分はナルトしか見えていなかったのに





「ナルト……オレ、お前のこと好きだよ?」

ナルトの瞳に光が戻る

虚ろだった焦点が、目の前の自分に合わせられる



今、ナルトは自分だけを見ている




「愛してるんだ、ナルト」 


ナルトは身を硬くした

カカシのその言葉を拒むように




カカシはそっとナルトの肩を抱き、赤ん坊をあやす様に背中をさすった

「最近のオレのあだ名知ってるか?万年色ボケ上忍だってよ。

 オレはお前に溺れまくってるの

 自分じゃどうしようもないくらいナルトを欲しているの

 必要としているのがオレだけじゃ、ナルトは不満?

 オレだけじゃナルトは足りない?」



まるで蕾が開花するように、頑なだったナルトの心が開いていく


「足りなくなんかないっ。せんせーしかいらないっ」 

堰を切ったように溢れだす涙





痛かった

痛くないはずがなった

でも言えなかった

カカシせんせーを汚すことだけはしたくなかった


ずっと好きだった

ずっとせんせーが欲しかった




もう止められない

解放された感情はとどまる所を知らない













その夜、二人は獣のように愛し合った

ベッドが軋み、空気が震える

真っ暗な部屋からは、甘い声だけがいつまでも響いていた


















「もう、ナルト〜。いい加減に機嫌直してくれよ〜」

あまりにも情けない言葉に、アスマは笑い出しそうになるのを必死でこらえる 


またもや誘われるままに訪れた『人生色々』

だが今日はうずまきナルトも同伴で

流石にあのノロケ話を聞かされることはないだろうと思っていたが




哀れカカシ

いつの間にかナルトの地雷を踏んだらしく


「もう〜、頼むよ、ナルト〜」

………さっきからこんな調子だ


相思相愛の中になった二人に手放しで喜べないのは、やっぱり度が過ぎるからで



「……じゃあ、一楽のラーメン一週間奢ってくれる?」

「奢る、奢る。もう一週間でも一年でも奢るからさぁ」

「じゃあ、許す♪」

「本当に!?もうナルト大好きだ〜」



万年バカップルのいちゃいちゃパラダイスを繰り広げる



完全にナルトに打ち抜かれているカカシ

横ではナルトがしてやったりの表情



おいおい・・・うずまき、お前安過ぎだぞ

突っ込みたくなるのを、ここはじっと我慢なアスマ

まるで妖艶なナルトの笑みは、最後までカカシが気付くことはなかった




結局アスマが地獄のような万年色ボケバカップルから解放されたのは、それから2時間もあと


カカシはナルトに、これからも引っ張りまわされることになるのであろう 


「カカシ…お前とんでもない奴に惚れちまったなぁ」 

思いっきり同情を含んだアスマの呟きは、暗い静寂の中に溶けた







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