大好きな、君。 その、遠慮の無い笑みも。 その、勝手な瞳も。 上ばかりを見上げる姿も。 とても、とても、大好きで。 いつまでもその瞳に映っていたくて。 だから。 無様な姿は見せられない。 《その瞳に映りつづける為に》 部室のカギを閉め、手塚は肩にかけたスポ−ツバッグを改めた。一応、片付け残し がないかとコ−トを見回す。 すでに全ての部員は帰っていて、そこに手塚以外の人影は無い。傾いた赤い 陽の光すらももう消え入り、西の空にすらそれは見えなかった。ただ、うす暗い。 手塚は、疲れた為に重い足で、けれどいつもの様にきびきびと歩き出す。 その足はコ−トを出て、校舎の下を通り、広い校庭を抜け、そして校門を くぐりかける。 そのしゃきしゃきとした歩みが止まったのは、その校門のそばに人影を見つ けたからだ。 「…越前…?」 手塚が呼ぶと、少年はぺこりと頭を下げて本人だと示した。 そのまま近寄って、うす暗い中でその顔を確認し、手塚は眉をひそ めた。 「…何でいるんだ?」 今日の部活、彼はけっこう早く帰ったはずだった。なのにどうして 制服姿のままでここにいるのか。 手塚の言葉に越前は軽く笑い、答えを返した。 「部長と帰ろうと思って。」 「は?」 「なのに部長すごいおそいじゃないすか。もう、桃先パイとかにからかわれ たんすよ!?」 「…すまん。」 少し怒った様な口振りに、知らず謝罪がもれる。しかし、しゃくぜんと しないのは何故だろうか。 「ま、い−や。顔も見れたし。」 悩む手塚をムシして、キゲンを直した越前はそう言ってじゃ、と手を 上げる。一緒に帰るというのは、彼にとって顔を見るというのと大差 無いらしい。 1人家路につこうとする越前に気付き、手塚はあわてた。 「ま…まて越前。」 あわてた割には静かな叫び声に、越前は足を止める。 「何すか?」 「送っていく。」 「…は?」 ぽかんと、越前は驚いたのと呆れたのとが混ざった顔で手塚を見た。その 目に映っている手塚は、真けんだ。 「最近、この辺りではチカンが出てるって言われなかったか?」 「ああ…。」 言われた様な気もして、越前は本日のSHRに思いをはせた。しかし、 いつだって爆睡していて話をきいていない彼に、そんな事を言われた キオクはない。 でも、手塚が言うならそうなんだろうと、納得したフリをする。 「…でも俺、女の子じゃないっすよ。」 「それでもだ。」 手塚は言ってきかない。 「…そっちの方がチカンされそうなクセに。」 ぼそりと、けっして目の前の相手にきかれない様呟いてから、越前は 送られる事を了解した。 「途中までならいいよ。」 言葉に、手塚はほっ、と息を吐く。 まだ、ほんの少しだけ、一緒にいられる。それに安心して。 2人は、並んで歩き出した。 道すがら話すのは、部活のこと、部員のこと、学校のこと。そして。 明日の試合のこと。 「明日…もし部長がやるんなら、誰とっすかね?」 「…さあな。」 そこまでは分からないと、肩をすくめる。 「…誰でも、勝たないとダメっすよ?俺を倒したんだから。」 ぴ、とつきつけられる指。 勝手な瞳。 その目に自分が映っているのは、テニスで自分が彼にまだ負けていない からだろうかと、その顔を見下ろしてから思う。 「カッコイ−ところ見せてよ?」 言って、彼は笑う。あの遠慮の無い笑みで。 それを向けてほしかったら、彼の見上げるその先にいなくてはいけないから。 「…ああ。」 だから。 痛む肩。ヒメイをあげる様にして上体をのけぞらせ、それからうつむいて 右ヒザをつく。 大切なラケットが、乾いた音と共にコ−トに転がって。 でも、それをひろえない程に、痛い。 痛い。声も出ないくらいに。 痛い。痛い。痛い。 けれど。 なのに彼は、処置を受けた体で、そのままで、コ−トをふんだ。 驚いた顔の対戦相手に、ゆかいな気分になる。 そして、体にその視線を感じて。 (…不様な姿は見せられないな…。) 彼が心の中で吐くのと同時に、試合は再開する。 大好きな、君。 その、遠慮の無い笑みも。 その、勝気な瞳も。 上ばかり見えげる姿も。 とてもとても大好きで。 いつまでもその瞳に映っていたくて。 だから。 不様な姿は見せられない。 ------------------------------------------ 戻る |