グサグサ、クチャクチャと耳障りで不快な音が耳穴を通じ脳内を侵す。 暗闇の中、ギラリと鈍い光で輝いた「ナニ」かを持った人影が「ソレ」を地面に向けて 何度も 何度も 何度も ナンドモ 振り下ろしている。 何かが潰れる音 ―ビチャッ。 粘りのある液体が床を濡らす。 「お、えっ……」 胃液が喉まで込み上げてくるのを阻止できず、背中を丸めて痙攣させると 夕飯に食した、胃液で溶けかけた物体を吐き出した。 「…っ、…は…」 口元を手の甲で拭うと、早まる鼓動を落ち着けるよう心臓を押さえ付けた。 ―ぴた。 それまで、同じ動きを繰り返していた人影が、掲げたままの腕をピタリと止めると ゆっくりと、振り返る。 「み、はし」 少年はユラリと立ち上がると、部屋の前に立ち尽くした田島の方へと向き直った。 だらりと垂らされた白い腕には、真っ黒な液体で濡れた斧が握り緊められており 足元には、昨夜まで試合の録画ビデオを見ながら談笑していた グチャグチャに裂かれ潰され内蔵を引きづり出された三橋の母と父だろう体。 ああああ、断定はできない だって、顔なんて目も抜き取られてて、鼻も曲がってて斧で何度も刺して捩ってグチャグチャで これが本当に三橋の父と母かなんてわかるはずがない! でも、きっとそうだ。きっとそうだ。 あの服は、昨夜彼の母と父が着ていたものだ。 「アハハはハハハハハッ」 ― 笑って る。 「っ、みは、し!!」 震える足を叱咤し三橋へと走り寄ると、壊れた機械のように笑い続ける三橋の腕を掴みとりグイと自身の方へと引き寄せる。 その細い体を、強く強く抱きしめて 肩に顔を埋めると、小さい声で何度も何度も 好きだ、好きだと呟いた。 「一緒に、逃げよう。」 顔を上げて、三橋を見つめる。 先程のような笑みは浮かべておらず、その顔にあるのは 無 だけだった。 「もう遅い。」 グサッ。 グサッ。 右手に掲げた斧で何度も脳天を刺され、田島は力なく地面へと伏した。 虚ろになっていく思考の中で、ぼんやりと彼へと視線を遣れば 鈍く光った斧を 自分 へと 振り下ろし、脳味噌と血液を撒き散らしながら床へと倒れる姿が映った。 「…じま、………田島っ!」 「…ー…ん。」 ユサユサと肩を揺さぶられ、重い瞼を持ち上げると目前にドアップで現れた泉の顔に小さく息を吐き出した。 勢いをつけ起き上がると、背筋を伸ばしながら黒板の右上に下げられた時計へと視線を送る。 16:00 早く行くぞ。と既に、部活へ行く準備を終わらせた泉と浜田が鞄を肩に掛けて田島の席の前へと立った。 「あ、ちょっと待って‥今準備する。」 机の横の突っ掛けに掛けられた鞄を手に取ると、教科書を入れることもせずに そのまま肩に掛けて立ち上がる。 「てめーは、寝すぎだっつの。…つか、珍しく魘されてたな。」 「ン、あんま覚えてねぇけど今日はヤな夢みた気がする。」 靄が掛かって余り思い出せなかったが、三橋の家に泊まってその後……なんだっけ…? 「まあ、たまにはそんなこともあるだろ」 「…つか、…三橋は?」 教室を出る直前、いつも居るはずの人物が居ない事に気付き 教室をグルグルと見渡す。 無意識で頭の上を掻くと、針で刺されたような痛みと共にでこぼことした傷跡に指先が触れた。 ―ぴた。 田島より先を歩いていた浜田と泉が立ち止まって 神妙な面持ちで田島へと振り返ると、静かに、そう言ったのだ。 「あの日、三橋は死んだだろ。」 リジー・ボーデン 斧を手にして Lizzie Borden took an axe. 父親 40回 めった斬り。 Hit her father forty whacks. 我に返って 目が覚めて When she saw what she had done, 母親 41回 めった斬り。 She hit her mother forty-one. ------------------------------------------ 生き延びちゃったのね。 戻る |