たじまくんが、オレを避けてるきがする。



いつもなら教室に入るなり一番に飛び掛ってくる田島が、ここ数日はずっと静かだった。
オレが「おはよう」って挨拶しても「ん」だとか「あぁ」だとか心此処にあらずという様な
返事しか返ってこない。
疑問を抱きつつ、過ごした一週間。
心のモヤモヤは大きくなるばかり。

 「おい」

楽しそうに、一回、二回、三回、とバッドを振り回す田島の姿を目で追っていれば
向かいから掛けられた不愉快そうな声音に、ビクンと体を竦ませ視線を其方へと戻した。
 「っ、あ、ごめ……」
投球練習に身が入っていないのは、バッテリーには筒抜けだったようだ。
先程まで、其処でミットを構えていた阿部は呆れたように溜息を吐き出している。
集中しよう、と深く深呼吸をし自分に言い聞かせる。
汗ばんだ手を服で拭い投球を再開した。
 「!」
―ガシャン。
変なところに力を入れすぎたせいか、球が阿部の頭上を越えフェンスへとぶち当たる。
 「ご、ごめっ」
 「・・・・・・・。」
ミットを全く動かさず先刻の位置から微動だにしない阿部に、怯みつつもう一球投げつけた。
今度の球は、ミットに入ったが意識して投げた位置よりズレが生じてしまっている。
阿部の身に纏うオーラが、一球、また一球とボールを受ける度に棘々しくなっていくのが手にとるようにわかった。

 「・・・お前、練習する気がねえんなら帰れ。」
阿部が一字一句の重みを伝える様にゆっくりと言葉を一文字ずつ吐き出していく。

頭を、鈍器で殴られた様な鈍痛が襲った。

コントロールが著しく悪くなっていた要因の大半は田島の件が占めていたが、それを田島のせいにするのは
自分の弱さだと渇を入れる。
感情を制御できないのは自分のせいであって、他人の責任ではない。
練習に集中しなければいけないのに、思考がそれについて行かず思うような投球ができない。
悔しさに、唇を噛み締めると立ち上がりながらミットを取り外した阿部に「少し頭冷やせよ、」と擦れ違い様
肩を叩かれた。


 「みっはしー!」
どん、と背中からくる軽い振動。
懐かしい感覚に、驚き振り返ると其処にいたのは田島だった。
 「投げてる?」
口元に笑みを浮かべ、右手で握った球を掲げる様にして三橋に見せた。
(良かった、オレの思い違いだった。いつもの、田島くんだ…オレの勘違いだったんだ よね?)
 「っ」
 「…おわ、どーした。泣くなよ」
 「な、いてない…」
慌てて後ろを向くとグイっとユニフォームの袖口で双眸を拭って。
 「ないてんじゃん。」
 「なっ、いてないっよっ!」
ムキになって言い返すと、眉間を寄せ田島へと振り返る。
ヘヘッと嬉しそうに笑った田島に面食らい、口をポカンと開けた。

 「ー三橋、強くなったな。」

 「オレ…強く、なんか、ない…。」
田島の様子がおかしかっただけで、あんなに動揺して投球にも身が入らなかった。
確かに三星時代に比べれば、幾分打たれ強くなったな。とは思う。
でも、まだまだだ。
本当に強いというのは、精神的に参っていても此処一番って時に踏ん張れる精神<ココロ>の強さだと思うのだ。
三橋にないところを兼ね備えている田島だからこそ、尊敬もするし三橋にとって田島はヒーローのようなものだった。
――比べる事って良い事だとは思えないけど・・・・それでも、田島くんに比べ、オレは弱いよ。
ちょっとでも何かあれば、すぐに動揺し周りに迷惑をかけてしまう。
さっきの阿部くんの時、みたいに…。

田島が微笑して首を振る。
 「三橋は強くなったよ、ゲンミツに。…もうオレの手を借りなくても大丈夫そうだし」
最後の一言は三橋に対しての言葉ではなかったのだろう。
田島が双眸を伏せて寂しそうに呟いた。
何と返せばいいのか答えに困り、視線を左右に泳がせていると何時の間にか此方をじっと見つめていた
田島と目線が合う。

 「…みはし、オレ」
 「―みんな、練習終了だよ!片付けした後軽くストレッチしたらベンチ集合ね」

狙っていたわけではないのだろうが、タイミング悪くも田島の言葉を遮る様な形になりながら監督が集合をかけた。
田島はそれきり口を閉ざしてしまい、三橋に背を向け泉達の集う場所へと走り去ってしまった。
何を言いかけたのか気にならなかった訳ではないが、こうしている間にもやらなきゃいけない事は増えていく。
帰りにでも聞けばいい、と思い直すと彼方此方に転がった球を拾い集めた。





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