真昼はあんなに賑わっていた校舎が、今はまるで墓地のようだった。
人の声も駆け回る足音も聞こえない。
唯一聞こえてくるのは、18:00を知らせる校内放送だけ。
そんな西浦高等学校の校庭に、三橋と田島の二つの影だけがぽつんと佇んでいた。
田島は、後ろに夕日を背負い込んだまま、いつになく真剣な表情で真っ直ぐと三橋を見つめているが
一方の三橋は、その強い眼差しを受け止めることが出来ずに眉間を寄せて目線を足元へと向けていた。
いつもより早いミーティングを終え部員たちが散り散りになった後、田島に「話あっから、校庭きて。」
と呼び止められた。その経緯で三橋は今此処にいるのだが、先刻言われた言葉にどうリアクションをとればいいのか分からず
沈黙だけが続く。
―こんな時に限って、田島くんは茶化してくれない。
田島は、凄く勘がいいと思う。
どうでも良いことで阿部が怒り出した時や、三橋が自己嫌悪やプレッシャーに追い込まれ身動きがとれなくなった
ときだけ 横槍をいれて助けてくれるのに、ここ肝心なところでは茶々を入れず三橋自身の言葉で自ら喋らせようと
一線引いた場所でただじっと様子をうかがっているのだ。
甘やかすことと優しさは一環しているようにみえて、全く違う。
それを、彼は本能で知っているのだろう。
制服に皺が寄るのも構わずに胸元で固く拳を握り絞めると一呼吸置いてユックリと唇を動かした。

 「うそ、だ。」

震える語尾が情けない。

 「嘘じゃねー」
間、髪も入れず田島が強い口調でゆっくりと答える。
 「嘘だ」
 「‥何で?オレ、いつだって三橋に嘘吐いたことねーじゃん」

 「っ…だ、だって…!」
勢いを付けて顔を上げる。
すると、先程よりずっと近くにあった、田島の顔に三橋は思わず息を呑みこんだ。
―…目が、怖い。 どう、しよう…、きっと、田島くん‥呆れてる…。
 「だって?」
言葉の続きを促す声に、ギュッと双眸を閉ざして唇を開いた。
 「だ って、‥オレ、男、だよ…」
 「男だったら、好きなっちゃいけねーなんて道理あったっけ?」
 「でっ、でも…田島くんは、みんなに好かれてる!
  オレじゃなくても、っ ん」
それ以上いうな。といわんばかりに、唇を柔らかい何かで噛み付くように押さえつけられた。
吃驚して双眸を開くと、そこにあったのは髪の毛と肌色の何か。
近すぎて其れが何なのか気付くのに、時間がかかってしまった。
―な、
 「っ!!」
ドンッ。

田島の胸を両手で思い切り突き飛ばす。
よろけた田島が二、三歩後退した。
―え、オレ、いま……
人差し指と中指で唇に触れ、 動揺に揺れた双眸で田島の姿を捉える。

 「オレは、三橋がっ」 
 「聞きたくないっ!…ごめ、田島く……いまは、ききたく、ない」

―何故か知らない…けど、怖い。先を聞くのが、 怖い。どうなるかわからないのが、怖い…。
何も考えたくなくて、何も聞きたくなくて
そこにいる田島すらも拒絶するように、地面にしゃがみ込むと膝を抱え顔を伏せた。
今は田島の表情がみえないが、きっと呆然としているか憤怒しているかだろう。
暫く傍に佇む気配があったが、いつまでたってもその場を動こうとしない三橋に痺れを切らしたのか
アスファルトを蹴り上げ校門へと走り出す足音が聞こえた。
聞きたくないと、彼の言葉を最後まで聞かず拒絶したのは自分の癖に。
段々と遠退いていく足音に急に心細くなり、田島を呼び止めたくなる衝動が込み上げてくるが必死で抑え付けた。

 「きらわれたく、ない、だけなんだ。」

出来ることなら、今日こうなることを過去の自分に教えてやりたい。
そうすれば、こんなことになるまえに理由をつけて逃げ出すことができたのに。
今の関係を、崩すことが怖かった。
もし、田島の気持ちを受け入れてたとしても。
田島はきっと、いつか三橋に飽きる。
ともだちのままなら、別れなんてやってこない。

 「明日、…あやまろう。」

そして、ともだちのままでいよう。って。





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