さらりと優しく背中を撫でる風が心地良い。
屋上から校庭でボールを追いかけ走り回る生徒達を見下ろして、三橋は両手いっぱいに空へと伸ばし背伸びをした。
御昼の休憩が始まりいつもより早めの昼食を終えた三橋は、暇を持て余して久しぶりに訪れた屋上で仮眠をとろうと
していた。
扉に背中を預け其処にしゃがみ込むと冷たい鉄製の扉がシャツを通し肌を冷していく。
室内がヒーターで暖まっていたからといえ、一番寒いこの季節にシャツ一枚で外に出るなんて如何せん無謀だった
ようだ。
ぶるり、と小さく身震いし、無意識に持っていた学らんを膝の上にかけて縮こまる。
寝てしまえば寒さなんて関係なくなるだろう、と双眸を瞼で伏せようとして小さく首を傾げた。
 「?」
風がそよぐ度に、何処からか微量な声の鼻歌が聞こえてくる。
それは耳を済まさなければ聞こえない程、小さな声だった。
時折、音程がずれていて御世辞にも上手いとは言えない。
この曲自体がこういう曲なのか、もしくはこの歌を口ずさんでいる人物が余程の下手糞なのか。
(多分後者だ、)
無視してしまえ、と頭の中でもう一人の自分が囁きかけるが、このままでは気になって眠れやしない。
重い腰を浮かせると、鼻歌が聞こえてくるタンクの裏側へと足を向けた。


 「…、…た じまくん…?」

金網越しに見えた後姿。
黒色の短い髪が風が吹くたびにそよいで、白いシャツが太陽の光を反射して…とても眩しくてとてもとても綺麗
だった。
 「おー、三橋。」
田島と呼ばれた少年は、僅かに振り返ると三橋と呼んだ少年を見つめニンといつも通りの笑みを浮かべる。
 「なに、してるの・・・あぶない、よ。そんなとこいたら。おちちゃう」
 「あぶなくなんてねーよ、三橋も来いって!風がきもちー」
まるで翼かなにかを意識するように、両手を広げると田島は三橋から顔を逸らしてゆっくりと前を見据えた。
頭の中で、なにかの警音が鳴る。
 「やだ よ、あぶない、よ 田島くん、こっちきて」
裏返る声で、大きく捲くし立てながら一歩、また一歩とゆっくり金網へと歩み寄った。
ついには其処へと行き着いてしまい、網をガシャンと揺らし掴んで少年の名前を呼んでみる。
少年は前を見据えたままで振り返ろうとはしなかった。
 「なぁ、こうやってるとさ」
 「え」
 「ほんとに、飛べそうな気がしねえ?」
 
 「人間って、なんで翼がはえてないんだろ。」
馬鹿正直に、人は鳥類じゃないのだからそれは仕方のないことだ。といった方がいいのか其れともその問いに
同意して早く此方側に連れ戻した方がいいのかで迷う。
こんな所を教師に見られでもしたら、部活停止どころか大騒ぎになりかねない。
 
 「たじま、くんは 飛びたいの?」
鳥みたいに。
そう付け足す前に、田島が小さく笑ったのでそれ以上何も言わずに口を閉ざした。
 「飛びたいよ。鳥みたいな翼がありゃ何処でも行けんじゃん」

 「なんで」
 「何でだろうな…、今の生活に不満があるとかじゃないんだ。だけど、たまに…どうしようもなく
 此処から逃げ出したくなる。」
三橋は、ない?
同意を求めるような強い視線を向けられて、答えに困り俯くとゆっくりと震える声で言葉を紡いだ。
 「でも、オレは田島くんがいない生活は嫌だ。」

 「だから、行くときはオレも一緒に行くよ。田島くんが嫌だって、言っても、着いて行くから。」
多少どもってしまったが最後まで言えた事に安堵して、一息吐くと顔を上げ真っ直ぐと田島を見据える。
 「………ー。」
先程と同じ表情を浮かべていると思っていた田島は其処にはいなくて。
珍しく眉間を寄せて目線を左右へとさまよわせている。
 「…ぎも、言えよ。」

 「え?」
田島は、ばつが悪そうに俯くと蚊のなく様な小さな声で呟いた。
聞き取りにくくてそう問い返すと、ゆっくりと顔を上げ真っ直ぐ強い眼差しで三橋を見つめた。
 「もし、オレがまた馬鹿なこと言い出した時…今と同じ事また言って。」

 「いいよ、何度でもっ いう から。」
 
 「オレは、田島くんが居ない世界は嫌だ、よ」

 「・・・うん」

 「田島くんが、オレの居場所をつくってくれたんだ! だから、田島くんが此処からいなくなるなら
 オレの場所はもう、此処じゃない」

 「そか」

 「ずっと、傍にいる、から」

 「…なんか……告白されてるみてー。」
少しの空白の後、ぷっ、と吹き出した田島につられて、オレも笑う。
他人の事なのに、何でここまで必死になってるのかと自問自答しなかったわけではないが
今は、コレでよかったのだと思う。





 「なぁ、ンなこたどーでもいいけどよ、さっさとこっち来ねーとマジに見つかるぜ。」





二人しか居るはずのない屋上で、もう一人の人が発したらしい言葉に田島と同時に ぴたりと笑いを止めると
二人そろってキョロキョロと視線を泳がせる。
 「こっち、こっち〜。」
タンクの奥のほうから上半身を乗り出した姿勢で手を振る水谷。そして、呆れた表情でそっぽを向いた阿部くんに
‥泉くん‥あ、花井くんまで…
 「〜〜〜っ」
(全部聞かれてた!)
真っ赤になるのが分かるほど、頬が熱い。
両頬を冷えた掌で押さえ、その場にしゃがみ込む。―とん。と軽い身のこなしで柵を飛び降りた田島が皆に向かって
大きく手を振った。
 「なあなあ、オレ三橋に告…むぐっ」

・・・い わ な い で !!

すかさず田島の口を抑え付けると、声には出さず口パクで伝えた。
きっと最初から最後まで見られていたんだろうが、それを再確認する勇気はオレにはない。
口を押さえたオレの顔が、思いの外凄い形相になっていたようで焦ったように田島が何度も頷いた。
それを確認し、ゆっくりと口を放す。
首に腕をまわされ引き寄せられるがままに田島の方へと頭を傾けると、内緒話をするように耳元に手を添えて田島が
少し小さめの声で呟いた。
 「でも、ゲンミツに嬉しかった。あんがとな」

 「ーうん、」
いつまでもこんな時間が続けばいいと三橋はぼんやりと思いながら二人顔を見合わせて笑い合った。



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 「なあ、オレ達いつまで此処にいりゃいいわけ。出て行きにくい。」
 「つか、もう二人の世界だしね。」
 「天然どうし勝手にやらせてりゃいいんじゃね。オレはねる。」


 
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一回はやってみたかったタジミハタジ。
なんか、書けば書くほど田島と三橋のキャラがかけ離れていくファンタジー。
ハッピーバレンタイン。