監督の号令を最後に、散り散りとなる部員たち。
ある者は会話を楽しみ、ある者は昼飯の残りをたいらげていた。
 「おい、バッド片すの忘れてるぞー。」
 「あ、わりぃ!」
部員たちをキョロキョロと見回すと、談笑に交わるでもなく少し離れた場所で
じっと下を見つめながら校門へと向かって歩く田島を見つけた。
徐々に小さくなっていく田島の後姿に大慌てでシャツのボタンをとめようと指を動かすが、焦れていたせいで
手元が震え中々上手くボタンが穴にはいってくれない。
もういいや、とボタンを止めるのを諦めるとシャツを全開に開けたまま田島の背を追いかけた。
肌蹴たシャツの中に入り込む風が、冷たくて心地良い。
手を伸ばせば掴める位置まで着たのに、田島は俯いたままカチカチと何かを操作していて
三橋の気配に全く気付いてくれなかった。
あれだけ人の気配には敏感な田島なのに、やはり何かおかしい。
田島を呼び止めようと口を開きかけるが、声をかけるのを躊躇してしまった。

―田島くん、さっき様子おかしかった。わざと、オレのほう見ないようにしてたような… 

どうしよう 呼び止めて無視、されたら オレ・・・。


躊躇している間にも、田島はどんどん遠ざかっていく。意を決して大きく深呼吸して、口を開いた。
 「たじまっ、くん!」
 「っ!」
三橋の声にビクッと体を揺らすと勢いよく顔を上げ振り返る。
 「うお…三橋か。どーした?」
田島は携帯を折りたたみズボンへとソレを押し込むと、口許を弧に描き先刻の不安を微塵も感じさせない様な表情で笑った。
―……良かった、いつもの田島くんだ。
 「あ、の…さっ、さっき はっ、  あ りがと!」
双眸を閉じて、俯く。




 「…――。
  …さっきって?オレべつに、何もしてねーけど」

 「・・・え」

いつもの田島からは想像できない程、妙に淡々とした冷たい声音で言葉を返され一瞬体が固まってしまう。
気付かないうちに、何か怒らせるようなことをしたのだろうか。
俯いていたせいで、田島が今どんな表情をしているのか窺うことができない。だが逆をいえば、それだけが救いだった。
先程のやり取りを思い出し、怒らせる要因があったかどうか曖昧な記憶のなかで思考を張り巡らせてみるが何も思い当たらない。
 「……でも…さ、さっき…オレのこと…「オイ!田島っ…おまえ!オレの弁当食ったろ!!」
 「‥ゲッ、泉」
必死に言葉を紡いでいると途中から割り込んできた怒声に会話を中断されてしまった。
その声にビクンッと体を揺らして、おずおずと振り返ると其処には仁王立ちした泉が凄い形相をして立っていた。

 「ゲッ、じゃねーよ!オレの飯!!お前自分の持ってきてただろーが!自分のはどうしたんだよ」

ズカズカと大股で歩いてくる泉の怒気に気押しされて、右隣へと体をずらすと田島の前を譲った。
 「オレのは三星着いた時すぐ食ったよ、だーってあんだけじゃ足んねーもんよーっ。自分でつくっと味が変わるっつーか
なんか美味いんだよなぁ〜」
 「お〜ま〜え〜、ちょっとは反省しろよ!人様のもん勝手にとったら、泥棒と一緒なんだぞ!!」

 「ンな怒んなよ、泉のもんはオレのもんオレのもんはオレのもんだってジャイアンもゲンミツにいってたし!」
 「殺す。」
ニッと笑う田島の首を右の二の腕でがっしりと捕らえた泉は、左手の拳でグリグリとその頭をど突く。
田島は大袈裟に痛い痛いと騒ぎ立てると、降参だと言わんばかりに泉の腕を何度も叩いた。

―二人とも、楽しそう。いまは …邪魔しちゃ駄目、だよね。

泉にも田島にもそんなつもりはなかったはずだが、まるで今自分は此処に居るのに”居ない”扱いをされている様な錯覚に陥ってしまう。
そんな風に感じてしまったのは、きっと田島の様子がおかしいことが大半の原因だったのだろうが何分居心地が悪かった。
そっと踵を返すと、三橋は二人から離れ校門へと向かった。






 「荷物持って!門まで行くよー!」

監督の声にビクッと肩を上下させ、其れと同時に耳から入り込んでくる雑音に視線を泳がせ周囲を確認した。
―そうだ、オレいま・・三星にきてたんだ。
先刻の事を思い出せば出すほど、深みに嵌ってしまい抜け出せなくなる。
あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、田島と笑いあった時の事がもう随分と前のことのように感じた。
地面に置きっぱなしだった荷物を、持ち上げバスへと向かおうと体を向き直す。

 「……三橋」
何度も、何度も聞いたはずの声。
ビクッと身を揺らし恐る恐る振り返ると其処に居たのは中学時代、部活を共にした三星の野球部員たちだった。
すぐ様バスに乗り込もうと校門を目指して走り出すが、一部始終を見ていた阿部に擦れ違いざまに襟首を掴まれて
ズリズリと部員達の前に押し出されてしまった。
 「……‥っ」
条件反射で隠れる場所を探していると、じっと此方を見つめる田島と目線がぶつかった。
甘えちゃ駄目だと分かってはいるのに、なぜだか彼なら助けてくれる様な気がして目をそらせなかった。
 「あ……。」
時間にすればほんの数秒だった。彼は、自分で何とかしろと言わんばかりに三橋から目線を逸らした。
ズクン、と心臓が鈍い痛みを訴えてくる。
 「三橋、…ごめんっ」
胸元を押さえながら、居場所を失った視線を部員達に戻す。
次々に頭を垂れる嘗ての仲間達を、三橋はまるで他人事のように見据えていた。
自分へと発される謝罪の言葉も、いまはもうどうでも良かった。


ただ、この胸が、痛い。



  
------------------------------------------
戻る